株式会社クレアネット
弊社代表のコラムです

【序】

いまだ歴史の浅いクレアネットです。沿革としてご紹介するほどの記事もありませんので、私がコンピュータに関わってきた体験を記すことで、会社沿革に代えさせていただきたいと思います。

最初にお断りしておきますが、私は特にコンピュータ・電子計算機を学問として体系的に学んだわけではありません。このコラムはあくまでもユーザー目線での話です。折りしもパーソナルコンピュータ(以下、パソコンと略します)黎明期に学生・就職期を迎え、当時まだ仕事では脇役で、主に趣味の道具であったパソコンを初めて触るところから、年々その優位性を認知され、かつ使いやすいマシンに進化していった過程を、実務の中で目の当たりにしてきました。またパソコンの使い方を(業務遂行上の必要に迫られて)その都度少しずつですが身につけ、好奇心からさらに興味を抱いて趣味の対象になったことで、広くさまざまな脇の知識を吸収して業務に生かして・・・この繰り返しで現在に至っております。

思えばもうすぐ四半世紀を迎えるパソコンとの関わりを、今のうち(忘れないうち)にまとめておこうと発起したのが、このコラムを書き始めた理由です。当時を知る皆様には懐かしく、また、物心ついた時にはパソコンが家庭にごく当たり前にあった皆様には「そんな時代があったのね〜」と、軽くご一読いただければ幸甚でございます。


【1】パソコンなるものとの出会い 1985年〜1987年

1985年頃、私がまだ大学生だった頃ですが、我が家に「NEC PC-8801Mk2SR」という「パソコン」なるものがやってきました。親父が買ってきたもので、当時の家庭用としては割と良いものだったと記憶してます。メモリは64kB(キロバイトです!!)、マウスはなく入力はキーボードのみ、しかも、今では複写帳票用以外ではほとんど見かけない「ドットプリンタ」まで購入し、かなりの出費だったと思います。こうして我が家の和室に不つり合いな機材が鎮座したのでした。

当時から親子そろって機械モノが大好きでしたので、私はこの新しい「オモチャ」をいろいろといじり倒してました。ただし今ほどソフト(を買うお金)もないし、インターネットなんてものもない時代の話です。我が家でできることといえば、親父がどこからか入手してきたゲームと、簡単なワープロソフト。ゲームプログラムも5インチフロッピーディスクやカセットテープ(再生すると「ピーゴロゴロゴロとFAXのような音がしていました。)で売っていた時代です。CD-ROMは音楽用としてもまだ普及前で、パソコン用の記録媒体としてはまったく普及していません。その代わりではないですが、当時はパソコン雑誌にゲームの「プログラムリスト」がついていて、これをせっせと入力&バグ取りしてはゲームを楽しんでました。

当時のパソコン周辺機器はといえば、カラーインクジェットプリンタもありませんし、デジカメなんてものもない。キーボード入力は「ローマ字入力」ではなく「カナ入力」が主流。この頃からキーボード叩いていた私は、いまだにカナ入力派なのでした。

この時代は、大学に「パソコンルーム」なるものがやっと始めた時代。その存在こそ知ってはいましたが、私はパソコンとはまったく無縁の学部にいたせいもあり、一度も利用したことがありませんでした。

後日談ですが、私が就職で家を出た後、親父はその頃はやり始めたワープロ専用機を購入し、使いやすいし印字がきれいなので、それからはワープロ機にハマって、PC8801は長らく押入の中に眠っていたようです。その後、親父のパソコン復帰は、Windows98登場まで待つこととなります。息子(私)の方はこれから公私ともに「パソコン」にどっぷりと漬かっていくのでした。

※コラムに登場する商品名は、メーカー各社の登録商標です。

DTPホームページ制作データ入力代行パソコンサポート会社概要お問い合わせTOP PAGEサイトマップ